
「インテリアデザイナーの巨星」
二葉工業株式会社
剣持勇デザイン事務所に所属されていた、その時分は未だ当社との「おつきあい」はありませんでしたが、非常に突出したまれに見る天才的なインテリアデザイナーで、我々家具の製作を業としている者にとっては「神様」の様な存在であり、非常にその才能に敬意を表し、又うらやましいひとでありました。いつかその先生の近くでご指導頂きたいと思っていた頃、たまたま京都・岡崎に「京都会館」が出来る事になりその内部のデザインを当時、水之江先生が勤務されていた「前川国男建築設計事務所」が担当され、当社はその京都会館の家具類をすべて製作することになり、幸運にもその家具部門のデザインを水之江先生が担当されていたところより、先生と当社との「おつきあい」は始まりました。後々には当社「フタバオリジナル」の看板的な商品にもなり、現在でも同じスタイルを保ちながらつくり続けている「Mシリーズ」もこの時分よりスタートしたように思います。
水之江氏は率直に言って個性が強いというか、大変むつかしい人でありました。それは当然デザイナーとしては誰でもそうであり、そうでなければいけないと思いますが、自分のデザインに対する信念でもあっての事だと思います。特に水之江先生ような東京には泣く子もだまるこわいデザイナーが何人か居られました。当社も真剣に先生の指示に従って忠実に作業を進めたので「信用」もしてもらう様になりました。
水之江先生は「景色よし」、「味よし」、「人情よし」などとこよなく京都を愛されて京都に通い、また当社の姿勢も真剣であったことから信頼関係も厚くなっていき、「こんなものを二葉家具でやってみないか?」とご発言され、当然喜んでお受けしたのが「Mシリーズ」であります。一人掛けが当初であり、これが完成するのに随分日数と根が要りました。線一本描く作業でも、「定規などを使って描く線には気持ちが入らず、意味がない」と同じ線を納得いくまで何度も描かれ、試作においても”積んだり”、”くづしたり”の作業を延々と続けられました。2年弱の根比べが続き、先生は東京〜京都を往復され、そして出来上がったのが「M−101(1人掛け)」、「M−102(2人掛け)」、「M−201(テーブル)」である。(「Mシリーズ」の”M”は水之江氏のイニシャルからきている)Mタイプは、二つ並べると簡易ベッドになるので、そのあたりの事をきめ細かく考えられ、1977年水之江氏が逝去されるまでの人生において、当社の「Mシリーズ」は結果的に先生の最後の作品の一つとなりました。

現在でもその飽きのこないフォルムや、小スペースのマンション等においても柔軟に対応できるよう考えられたスタイルに年齢の隔てなく幅広い方々にご愛用いただいております。最後の文章は「Mシリーズ」が完成した頃、水之江氏から頂いた手紙の内容です。
「デザインが商品として特定市場で成功するか、否かは、経営者のデザイナー理解と、自社の企業体質を生かし得る会社であるかどうかである。このような会社は、商品の競走上の強みをつくることを知っているので、私の要求している以上のデザインを実現してくれる。こうゆう会社でつくる商品は、ユーザーに、どの店で役立つかを知っているので、商品を発展繁栄させる。二葉工業は、これ等の点をよく理解している会社である。しかもねばり強く付合ってくれる数少ない会社である。」
水之江 忠臣
|